本当にゲームのせいなのか?『ゲーム依存症』の本質と戦う!

2018年WHOによって『ゲーム依存症』という精神疾患が認定され、私生活に支障をきたすレベルでゲームを止められなくなったり、反復してしまうという依存症のリスクが騒がれるようになりました。

この『ゲーム依存症』は未成年にも広がっていて、大人たちは子供たちに「ゲームのやり過ぎは危ない。ゲーム依存症になる。」という警告・制限をする時代になってきたわけですね。

しかし、こういった『ゲーム依存症』の話になると「ゲームが危ない存在」のように叩かれがちですが、根本的原因は本当にゲームにあるのでしょうか?

いちゲームブログの管理人として今回は『ゲーム依存症』とどう向かい合うべきか考察していきたいと思います。

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依存はなぜ起こるのか?

依存症の原因は脳の「脳内報酬系と呼ばれる部位の発達異常」と言われています。

簡単に言うと気持ちよくなる脳の分泌物質ドーパミンによる快楽を味わった脳が、その快楽にハマってしまって癖になり、その事しか考えられなくような脳になってしまうということです。

面白いゲームにドハマりしたときなんかを想像すると分かり易いと思いますが、楽しくて気持ち良くてもっと遊びたい!という気持ちが強く持続されて、あっという間に時間が過ぎてしまいますよね。

こういったゲームに出会ってしまうと大人でも仕事に行かずにゲームやりたい…と後ろ髪引かれたり、人によっては有給やずる休みをしてゲームに熱中するという事もよくある話です。

▲ゲームは品質がどんどん高まり、子供だけでなく大人も熱狂するほどの総合エンターテイメント文化へと成長している。

ましてや子供は自制心や社会性がまだ育っていませんから、どんどん貪欲に次から次へと快楽を取り込もうとするのは当然です。

それが行き過ぎた結果学校の不登校などが始まって社会生活を営めなくなり『ゲーム依存症』の診断がされてしまうわけですね。

これは、アルコール依存症もギャンブル依存症など他の依存症のメカニズムとして共通しています。

 

世の中に依存は溢れている

世の中には『ゲーム依存症』以外にも沢山の依存症が溢れています。

特に『スマホ依存症』のリスクはゲームの比ではないレベルで世の中に広まっていて、電車に乗れば皆がスマホを弄り、食事に行けば毎回写真を撮ってインスタグラムに投稿…外に出ればあらゆる人がスマホを手放せない日常を送っており、『スマホ依存症』の可能性を孕んでいるわけです。

ゲームユーザーはスマホユーザーと比べたら圧倒的に人口が少ないわけで、どちらかというと個人的に社会全体が『スマホ依存症』になっている事の方が気になります。

▲日本だけでなく世界…特に中国などアジア諸国でスマホ依存症が社会問題になっている。

スマホだけではありません…インターネット…ギャンブル…例えゲームを止めたとして依存先は世の中にいくらでもあるわけです。

私たちは『ゲーム依存症』という分かり易いワードをマスコミに投げられて端的に「ゲームを止めることが正解」と考えるのではなく、もっと本質的に「人間はなぜ依存するのか」について理解して、依存する心と向き合わなければならないのではないでしょうか。

 

依存症になる人ならない人を分ける差

ゲームを遊ぶ人が皆『ゲーム依存症』に、アルコールを好む人が『アルコール依存症』に必ずしもなるというわけではありません。

依存症になるならないのその差を分けるものとしては諸説ありますが、色々な医師の話を見ていると以下の3つの説が多いですね。

1.強いストレスを抱えているかどうか

依存症と聞くと意志の弱い人がなりやすいような印象がありますが実はその逆で、依存症患者には責任感が強く真面目な人が多いと言われています。そういう性格の人は責任感からプレッシャー=ストレスを感じやすく、それを紛わすために何かの快楽行動に依存してしまうリスクが高いという事ですね。

2.色々な喜びや幸福を経験しているか

色々な楽しさや喜びを知っている程一つの事への依存度は減っていきます。例えばゲームも好きだけどサッカーも好きといったように心を満たすものが複数ある人と、ゲームしか世の中に楽しいものはない!という人のどちらがゲーム依存症になりやすいかは明らかですよね。

3.心が満たされているかどうか

親の愛情不足からくる空しさや失恋等…心が満たされない状態にある人は、脳への快楽を与えてくれる存在に依存しやすいリスクが高いと言われています。フラれたショックで酒浸りというのは典型的なパターンですね。

これらの説を見るに、ゲームやギャンブルなど外的な刺激を受けるから依存症になりやすいという事ではなく、こういった内的なものがあって何かの依存症になりやすくなるという事が考えられます。

ゲームは確かに刺激が強いので依存の対象になりやすいのかもしれませんが、ゲームを諸悪の根源にして話を終わらせてはいけないという事が分かります。

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ゲーム依存症にならないようにするにはどうしたら良いのか?

親として子供の依存を心配するのであれば、しっかりとその子を見て「ゲームでしか満たされない心になっていないか」をまず気にかけてあげるべきです。

ゲームを取り上げても「ゲームという世の中に溢れたもののひとつのリスクを遠ざける」だけで「何かに依存したい」という根本的な部分への対策にはなりません。

例えば一緒に外に出かけたり、一緒に絵をかいて遊んだり…世の中にはゲームだけではない興味や自分を満たしてくれる存在があるのだという事を教えてあげたり、ストレスを抱え込んでいる事があればサポートをしてあげる…そういったことの方が余程子供が好きなゲームを取り上げる事よりも意味があるのではないでしょうか。

また、私のブログで今メインの話題として取り扱っているNintendo Switchには「みまもり機能」という1日のプレイ時間を規制したり、子供がどんなゲームをどれだけ遊んでいるかをスマホ上でリアルタイムで確認できる機能があります。

「依存の怖さ」を説明しつつ、こういった機能を使って子供たちが世の中に溢れている快楽に支配されないコントロールする自制心を身に着けるのも一つの教育ではないでしょうか。

大人がゲームをする場合は誰もコントロールしてくれないので、自分で依存症にならないようにコントロールするしかないのですが、「人間は依存のリスクを抱えている」という事を意識しながら「依存する理由」が自分の周りに転がっていないか見つめなおしていくことから始めていくことが大切ではないかと考えます。

 

依存心とどう向き合うのか?

既に依存症の兆候が見られる方は精神系の医療機関へすぐに向かうべきです。

精神の病と聞くと「心の弱い人」が集まるイメージを持つ方も未だ多いと思いますが、精神医学では「優秀な人」や「真面目な人」程ストレスを抱えて心の病になるリスクを抱えていると言われています。

また、精神疾患は日本人の1/4の人が生涯に一度は罹ると言われており、特別な病気でも何でもありません。

社員の鬱病を減らすためにメンタルヘルスの部署を設けたりする企業も増えておりますし、社会全体でも誰もが心の病になり得るというリスクとしっかりと向き合って、病で苦しむ人を減らしていこうという動きが活発化しています。

ですので、自分(自分の家族)は『ゲーム依存症』の様な精神的な病気を患っているという事を恥じる必要はありません。

精神疾患は擦り傷と違って目に見えない深い心理の部分の病なので、自然治癒でなんとかしようとせず専門家と相談しながら原因を探り、根本を解決していくことがとても重要です。

 

まとめ

「ゲーム依存症」という言葉のインパクトからゲームを止めればいいと考えがちですが、問題の本質はそこではなく「依存をしたい心」と向き合うことが大切です。

ゲームはストレスを発散する一つの方法だったり、家族や友人と仲良くコミュニケーションを取るツールだったり …その人の使い方によってはその人の人生を豊かにする有意義なツールと機能をしますし…要はその人の使い方次第なのです。

例えゲームを排除したとしてもスマホやネット、ギャンブル…とその対象が変わるだけですから、現代社会で溢れているものに依存しない生き方をするためにどうしたら良いのかを『ゲーム依存症』をひとつの機にして私たちはしっかりと向き合っていく事が本当に必要な事ではないでしょうか。

 

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